天正元年より十九代の伝統を継承【京都の五月人形・兜 | 雛人形(ひな人形)のことなら、東山三条田中人形】
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京都御所は、南北朝時代の光厳天皇が元弘元年(1331)に土御門東洞院殿を皇居と定めたものです。
高度に磨き上げられた職人の技と多彩な京都の伝統工芸に支えられた、我が国を代表する伝統工芸品です。
天正年間に禁裏御抱えの有職司として参内を許されて以来、その技は十九代に渡って受け継がれています。
「ひな祭り」の由来 旧暦の三月三日に川で身を清めるという中国から伝わった「上巳の節句」が「ひな祭り」の起こりです。
端午とは月のはじめ(端)の午の日のことで、やがて無病息災を願う大切な節句として五月五日に限られるようになりました。
京人形とは京都で創られている人形の総称を言います。現在我が国にある人形の殆どは、その源が京都にあります。